患者等搬送事業者制度とは何か

― 救急車を守るために生まれた、もう一つの搬送の仕組み ―

近年、「民間救急車」という言葉を耳にする機会が増えています。
一方で、「救急車と何が違うのか」「どのような制度に基づいているのか」といった点については、十分に理解されていないのが現状です。

自治体消防の説明では、いわゆる「民間救急」は「患者等搬送事業」と呼ばれ、その担い手が「患者等搬送事業者」です。

本記事では、この患者等搬送事業者制度について、消防庁の指導基準・通達(患者等搬送事業者制度(消防庁の指導基準・通達))に基づき、制度の位置づけと背景を整理しながら、その役割を解説します。


患者等搬送事業者制度とは

患者等搬送事業者制度とは、消防庁が示す指導基準に基づき、
緊急性のない患者等を安全に搬送する事業者について、
各地域の消防本部が指導・助言・認定等を行う仕組みです。

この制度に基づく搬送は、いわゆる「救急業務」には該当しません。
119番通報により出動する救急車は、生命の危機に直面した傷病者に対し、迅速な救命処置と緊急搬送を行う公的サービスです。

一方、患者等搬送事業者が担うのは、

  • 通院
  • 退院・転院
  • 医療的配慮が必要な移動
  • 外出や社会参加に伴う移動

など、あらかじめ計画された搬送です。

制度上も、救急車とは明確に役割が分けられています。


なぜ消防庁はこの制度を設計したのか

この制度が設けられた背景として、
全国的に救急需要が増加していることが挙げられます。

消防庁が公表している統計等によれば、
高齢化の進行などに伴い、救急出動件数は増加傾向にあります。

また、救急車の要請理由には、
「生命の危機が切迫しているケース」だけでなく、
「移動が困難である」「不安が強い」といった事情が含まれる場合もあります。

消防機関は、通報の内容だけで出動の要否を判断することが難しい運用となっており、
結果として、緊急性が高い対応と、計画的に対応できる可能性のある移動が、同じ救急資源の中で扱われる場面が生じていると考えられます。

こうした状況を踏まえると、
消防庁が取り組んでいる「救急車の適正利用」や、救急医療体制の維持・安定化という政策課題の一環として、

救急(119)とは別に、一定の品質を担保した搬送の受け皿を整備する必要がある

という考え方が、制度設計の背景にあると考えられます。

なお、患者等搬送事業者制度は、
救急車を減らすこと自体を目的とした制度ではなく、
救急車が本来担うべき役割を果たし続けるための補完的な仕組みとして位置づけられていると読み取れます。


患者等搬送事業者に求められる役割

患者等搬送事業者に求められるのは、
単に人を移動させることではありません。

搬送にあたっては、

  • 事前の状態把握
  • 医療的配慮の必要性の確認
  • 安全な搬送体制の構築

といった、計画性と専門的配慮が求められます。

そのため制度上は、
乗務員に対する講習、車両や資器材、衛生管理、事故発生時の報告体制などについて、
一定の基準が設けられています。

これらは、利用者の安全を確保するための仕組みであると考えられます。


なぜ「民間」でありながら消防が関与するのか

患者等搬送事業者制度の特徴の一つは、
民間事業でありながら、消防が一定の関与を行っている点です。

これは、

  • 利用者の安全確保
  • 誤解を招く表現や誇大な広告の防止
  • 救急車との混同を避けること

などを目的として設計されていると考えられます。

完全に自由な市場に委ねた場合、
体制や知識が不十分なまま搬送が行われるリスクも否定できません。

そのため、
「民間が担うが、一定の品質には消防が関与する」
という形で制度が構成されていると理解することができます。


救急車と患者等搬送事業者は競合関係ではない

患者等搬送事業者は、救急車の代替ではありません。

緊急性の高い事案については救急車が対応し、
計画的で医療的配慮が必要な移動については、患者等搬送事業者が対応する。

このように、役割を分担し、互いに補完する関係を想定した制度であると考えられます。


おわりに

患者等搬送事業者制度は、
いわゆる「民間救急車」を増やすための制度ではなく、
日本の救急医療体制を維持し、地域における移動の課題に対応するために設計された仕組みであると考えられます。

制度の趣旨を正しく理解することは、
救急車を必要とする人を守ることにつながり、
同時に、移動に困難を抱える人の選択肢を広げる
ことにもつながります。

今後、この制度がどのように活用され、地域医療の中で位置づけられていくのか、
引き続き注目していく必要があるでしょう。

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